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2010年4月16日 (金)

「星野しずる」が突きつける短歌の未来

こんにちは。まじめか!
管理人です。

昨日知ったのですが、これ、でーじおもろいわあ……。
http://www17.atpages.jp/sasakiarara/

上のリンク先は第七回枡野浩一短歌賞を受賞した星野しずるさんの作品を鑑賞できるサイトです。
ブラウザを更新すると、作品がランダムで表示されるので、
先を読む前にぜひ何度か更新して、星野しずるさんの詩情あふれる作品をたのしんでください。

どうでした?
え、めんどくさい?

ものぐさなあなたのために三首ほど作品を引いておくんだからね!

やわらかな少年だった鉄塔でさえもつめたいかなしみのまま(星野しずる)
夕暮れの花を数えて人々は静かな風をなくしてしまう(星野しずる)
ほんとうの人それぞれの日々ですね 流行り言葉をおぼえていよう (星野しずる)

詩的で雰囲気がある作風でしょ?

種明かしをしてしまうと、星野しずるさんの作品は、
佐々木あららさんが作成したスクリプトが自動生成している作品なんです! びっくり!

限られた情報から推測するに、
ランダムに選択される20の基本文型に沿って、
五七五七七のリズムに収まるように、
名詞部・修飾部・述語部で分類された500以上の単語をランダムに組み合わせる、
というロジックで、短歌をつくっているみたいです。

基本文型によって組み合わせの数が抑えられているとはいえ、
相当な数の組み合わせ=作品のバリエーションがあるはずです。
つまり、表示した作品はあなたにとって「一期一会の作品」になる可能性が高い。
気に入った作品はツイッターでつぶやくなり、保存しておくことを激しくオススメします!

■「星野しずる」を生みだしたものと「星野しずる」が生みだしていくもの

それにしても、佐々木あららさんは、なぜこのような試みをすることにしたんでしょうか?

「枡野浩一のかんたん短歌blog:< 第七回枡野浩一短歌賞決定発表 >
にて、ご本人が説明しているので、以下に引用しますね。

「はてしない物語」では、猿の話がいちばん好き。
言葉を忘れた猿たちが文字の書いてあるサイコロを一度に振って、
文章ができるわずかな確率を待ち続けている、というシーン。

「面雀短歌」と仁尾さんと僕とが呼んでいるある種の短歌は、
なんかこんな感じの猿がつくっててもおかしくない。
というか猿につくらせたほうが楽しいし、楽だと思うよ。

そして僕は面雀が嫌いではないので、
そうやってつくった、ということにさばさばしてくれていれば
結構「面雀短歌」はアリだと思っています。
今度、「アリ」の面雀短歌を面雀システムでつくってみる実験をしようじゃないか。
僕おもでやるか。放送自体が「アリ」になるのか自信ないけど。

つまり、
「面雀短歌」のような「詩的飛躍を多用する短歌作品」は、
偶然性に過度に依存する安易な手法であり、
システム化することでその安易さを浮かび上がらせようとした、
ということのようです。
(もちろんそれが全てではないし、佐々木あららさんもそういう短歌が「アリ」だと言っています)

そのことは、次に引用する佐々木あららさんのコメントからも読んでとれます。

私はしずるがつくるような短歌がけっして嫌いではないですが、こんな短歌なら、人間がつくらず、犬や猿につくらせたほうがずっと楽しい。読み手の鑑賞力がある程度高いと、こんな簡単な仕組みでも、おもしろがれる短歌はつくれてしまいます。人間のつくる短歌はこんなものに負ける程度の志で挑んではいけないと私は思う。しずるとは別のところ、あるいはしずるを超えてもっと高いところに、きっと、素晴らしく魅力的な短歌がある。私はそういう短歌が読みたい。そう願っています。

わーお。

これって要するに、
「詩的飛躍の多い作品なんてシステムでつくった方がおもしろいんだYO!」
と宣告しているわけですよね?
結構挑発的だなー。いいぞ。もっとやれ。

佐々木あららさんには、ぜひ「しずる短歌の作りかた」みたいな本を書いて欲しい。
システムのロジックが、そのまま「短歌の作りかた」になるはずです。
「詩的飛躍」だとか「感性」とか抽象的なことを言っている入門書とは比較にならない具体性!
本当に実用的な入門書になること間違いなし!

■システム化されないものはあるのかな?

ところで、これって、「かんたん短歌」をつくっている人にとっては対岸の火事なのでしょうか?

管理人は、
かんたん短歌は比較的システム化しづらいが(言葉の結びつきが必然的なので)、
システム化できないとは言えない、
と考えています。

それについては、いつか考えをまとめて、書くかもしれません。

今の時点では、
あまりクリエイティビティを神聖視しない方が良い
それはあっさりシステムに置き換えられてしまうかもよ
とだけつぶやいておきます。

かつて、IBMのディープブルーがチェスマスターのカスパロフを破ったように、
最近、コンピューター将棋がプロ棋士に挑戦状を叩きつけたように、
短歌の世界でも、コンピューターと勝負する世界がくるのかもなー。

それはもう少し先の話としても、
「星野しずる」は、これまで常識とされていた短歌のつくりかたを大きく変える
パンドラの箱を開けてしまったのかもしれないですね。

というか、すでにこういう仕組みで短歌をつくっている人はいるんじゃないだろうか。
いずれにせよ短歌史に残る事件だと思います!

■システム化に向いている文学ってなんだろう?

最後にかるーく余談。

ところで短歌はシステム化に向いている文学なんでしょうか?

とりあえず31音という短さは有利にはたらきそうです。
長いと組み合わせの数が膨大になって、あたりが出てくる確率が下がりますからね。

じゃあ俳句のほうがいいのか?

可能性はありそうです。
ただし、あまりにも短すぎて、
短歌のように、語尾や文体や構文でそれっぽく誤魔化しづらい、
というのは不利な点かもしれません。

と考えると、システム化する対象として、短歌は適役なのかも。
ちょっと複雑ですね……。

しかし、だからこそ、先ほど引用した佐々木あららさんの
「人間のつくる短歌はこんなものに負ける程度の志で挑んではいけないと私は思う。」
という発言が力強く響いてくるわけです。

最後に星野しずるさんの作品をもう一首だけ引いてお別れです。

よこしまなハツカネズミを見ています 機械じかけの僕のはざまで(星野しずる)

それではまた!

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コメント

詩的飛躍の多い作品なんてシステムが作った方が面白いんだYO!

という結論は早計な気がします。

個人的な意見ですが、星野しずるというのは中途半端に詩的飛躍のある短歌を揶揄するのが目的だと思うので。

投稿: 木下侑介 | 2010年9月 9日 (木) 17時33分

木下侑介さん

コメント感謝です。
ご意見、基本的に同感です!

投稿: 管理人 | 2010年11月28日 (日) 15時45分

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