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2011年9月の9件の記事

2011年9月24日 (土)

【短考】「ネット短歌3.0(笑)」が「ネット短歌3.0」になる日

こんにちはでした。こんばんはです。
僕です。


ちょっと前にTwitterのタイムラインで「ケータイ短歌」が話題になりました。
その話題はtogetterにまとめられています。


ケータイ短歌はどこへゆく?
http://togetter.com/li/188764


正直なところ最初は「またか」と思いました。

こういうのってネット短歌の時代から繰り返されている議論で、
「もうなんかそういうのやめようよ」というのが僕の基本的なスタンスだからです。


おなじ短歌なんだから仲良くしようぜー。そして磯野、野球しようぜー。


みたいな。


それより戦うべきはマーケットだろう?

って思うし。


ツールの違いでそんなに表現方法って変わらないだろう。

という根本的な疑問もある。


結論的にいうと「考える価値があるかも」と思いなおしたわけですが、
それは「つながる」というキーワードの存在に他なりません。


正直元々の話題をちゃんと理解しているわけでもないですし、
これから書くことも基本的には関係がないのですが、
考えるきっかけになったという意味で紹介させてもらいました。


なにはともあれ議論が起きるのはいいことだよね。


*


以前こんな記事を書きました。


【短考】本多響乃さんの試み「パトラッシュで短歌を詠むよ」で見えたネット短歌の最新モード
http://nagase-m.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/post-6d72.html


そのなかで冗談半分に「ネット短歌3.0」という言葉を使いました。
定義を以下に引用します、

3. Twitterなどのソーシャルアプリを利用したコミュニケーション中心の時代

「コンテンツからコミュニケーションへ」というのが、
現在のメディアの大きな潮流ですが、
それを実現しやすい技術の利用に伴ってネット短歌もその方向に進んでいくのかもしれません。

掲示板の時代を「ネット短歌1.0」
ブログの時代を「ネット短歌2.0」とすれば、
Twitterをはじめとするソーシャルアプリの時代は「ネット短歌3.0」といえるでしょう。

まあなんというか全部冗談ですが。

最後のオチが示しているように、基本的には
単なる新しいツールの出現を本質的な変化と考えたがる人をおちょくっているんですけど、
コミュニケーション自体を目的とする表現はあり得るのかも、と最近思い直しています。


*


そして、そのような目的があり得るとするならば、表現方法は当然変わるだろうし、
それはテクノロジーの変化があって、はじめてリアリティを持ちえたのだ
と言えるかもしれません。


*


あまり考えはまとまっていないし、
ほんとうにコミュニケーションを目的とする表現が成立するのか
ということについても半信半疑ですが、とりあえず今回はここまで。


次回は、
コミュニケーションを目的とする世界では表現がどう変わっていくのか
について考えてみようと思います。



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センス・オブ・ワンダー

こんにちは。僕でした。

前回の記事は、いきなりブックレビューということで、
4冊の本を紹介しました。

鋭いお方はお気づきになられたでございましょうし、
鈍い奴らは気づかなかっただろうが、
すべて自然科学系か実用書の類で小説やエッセイは1冊もありません。

これは偶然ではありません。
何故なら文科系サイトを標榜しながら小説の類はほとんど読まないからでR!(どーん)

もちろんまったく読まないわけではないんですが、
その読書量はとても限られたものです。

小説は1年で5冊読めばいい方で、
ここ数年の平均は3冊/年くらいだと思います。

中学生くらいまではもう少し読んでいたんですけど。

ただ僕は思うんですけど、
文科系で表現を志す人たちは、
同じジャンルの本を読むよりは違うジャンル、
それも自然科学とか実用書を読んだほうが実りが多い気がします。

なんだろう。

応用された加工物より素材そのものに触れたほうが発想が広がるみたいな?
創作お寿司をつくるのに、お寿司を食べるよりカジキを一本釣りしたほうが松方弘樹的な?

わかんないけど。

あるいはニコラス・タレブのこんな言葉がヒントになるのかも。

芸術は驚くべき方法で驚くべき結果を出す。
自然科学は退屈な方法で驚くべき結果を出す。

自然科学や実学にもワンダーはある。

それを知らないでいるのはもったいないことだし、
表現に取り入れない手はないと僕は思う。

この秋は一冊だけ小説を読むのをやめて、
かわりにそういう本を読んでみてはいかがでしょうか。


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【いきなりブックレビュー】僕はこんな本を読む女の子を好きになってきた

こんにちは。秋ですね。
今日の東京は秋晴れの気持ちのいい一日でした。

食欲の秋とか芸術の秋とか、
煮え切らない態度で人をいらいらさせることに定評のある秋は読書の秋でもあります。

ということで大き目の本屋に行って本を立ち読みしてきました。
しかし世の中にはいろいろな本があるもんですね。

麻酔の達人-実践麻酔手技免許皆伝-

著者:中田善規

麻酔の達人-実践麻酔手技免許皆伝-

これなんかどう見ても表紙の医者がマッドサイエンティストです。
本当にありがとうございました。

カラーで見やすいんですけど各セクションで挿入される名言もちょっとヤバイ感じです。
だいじょうぶか。麻酔医。

ちなみに定価10,000円。

お高いですが医大生との合コンの指定テキストなので、
長期投資と思って購入してくださいね?

マンガでわかるコンクリート

著者:石田 哲也

「コンクリートのことが気になるけど専門書はちょっと・・・」

とか

「小学生の息子にコンクリートのことをわかってもらいたいのですが・・・」

というよくある悩みに応える一冊がこちら。

コレを読めばセメントとコンクリートの違いがわかるようになりますよ?

イモムシハンドブック

著者:安田 守

イモムシハンドブック

オールカラーが嬉しいイモムシ好き必携の一冊がこちら。
しかし世界には変な形をした生き物がいるもんですね・・・・・・。

立ち読みしながら思ったんですけど、
こういう本を読みながらにやにやしている女の子がいたら恋に落ちる気がする。

「理系の変なもの好き女子萌え」というマーケットは確実にありますよお客さん!

ナショナル・ジオグラフィックの絶滅危惧種写真集 (P-Vine Books)

著者:ジョエル・サートレイ

ナショナル・ジオグラフィックの絶滅危惧種写真集 (P-Vine Books)

そして今日一番のおすすめがこの写真集。
衝動買いしてしまいました・・・・・・。

すべての写真は白か黒一色の背景で撮影されていて、どれもがとにかく美しい!

個人的にはクロアシイタチのキュートさにキュン死にしました・・・・・・。
クロアシイタチたんはあはあ。

ということで特にオチもないですが以上!
いつもオチがあると思ったら大まちがいだからな!(逆ギレ)

それではまた。


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2011年9月15日 (木)

ウィトゲンシュタインの物差し

# 今日は仕事で力つきたので某所からの転載です


こんにちは。あたいだよ。
今日は「ウィトゲンシュタインの物差し」の話をします。

これは、最近読んだ『まぐれ』という本の中に
ちょろっと出てくる言葉で、著者の造語です。


■実名vs匿名論争ふたたび

さて、話は変わるようですが、
ちょっと前に「実名vs匿名論争」がTwitter上で盛りあがりましたよね。

全部は読んでないのですが、
議論の軸のひとつに「説得力」があったと記憶しています。

実名のほうが説得力がある、
と主張できる根拠はいくつか思いつきますが、
「発言者を信頼しやすい」ことがひとつ大きな根拠になりそうです。

でも、なんで信頼できることが大事なんでしょうね?

そこで「ウィトゲンシュタインの物差し」の出番です!


■当てにならない物差しは何を測っているのか?

これはベイズ統計で使われる
「条件付情報」という考えがベースにあります。

以下『まぐれ』から引用します。

-----------------

誰かが何かを言うとき、
その人が十分にふさわしい条件を持っていないかぎり、
伝えようと思ったことよりもむしろ、
その人自身のことのほうがずっと明らさまになる。

*

好意的なものでも否定的なものでも、
書評は本そのものよりも書評を書いた人のことをいろいろと描き出す。

*

物差しでテーブルの長さを測っているとき、
とても信頼できる物差しでなければ、
同時にテーブルで物差しの長さを測っていることになる。

*

物差しが当てにならなければならないほど、
得られる情報は物差しに関するものが多くなり、
一方テーブルに関するものは少なくなる。

*

アマゾン・ドット・コムに名無しの読者が書く書評は
書評を書いた人自身についてしか語らない。
一方、能力のある人が書いた書評からは本に関する情報がたくさん得られる。

-----------------

つまり、信頼できない人であればあるほど、
その発言の内容そのものではなく、
その人自身の思考力が評価されてしまう、というようなことです。

ウィトゲンシュタインの物差しからすると、
匿名の人の発言に説得力がないのは当然というわけですね!


■ちゃぶ台がえし

さて、鋭い人は気づいていたと思うのですが、
ここまでの話は、

・実名→信頼できる→発言の内容について情報が豊富→説得力が高い!

・匿名→信頼できない→発言者自身についての情報ばかり→説得力が低い・・・


という因果関係を暗黙の前提としていました。

でも実名だから信頼できるかと言ったら必ずしもそうじゃないですよね。
(匿名だから信頼できない、とは言えるかもしれないけど)

むしろこの場合の実名は「有名」に置きかえたほうがいいかもしれません。

そして確率論に根ざした
「ウィトゲンシュタインの物差し」が主張する事柄にも注意が必要です。

どういうことかと言うと、この考えってすごーく理性的なわけです。
そして僕たちはものすごーく情緒的な生き物なので、
あまり複雑なことは(頭ではわかっていても)心ではわからなかったりします。

つまり簡単に言ってしまうと、

「実際の発言に接したときにそんなこと考えねえよ!」

ということです!(どーん)

最後にふたたび『まぐれ』から引用します。


-----------------

私の情緒システムはウィトゲンシュタインの物差しがわからない。
その証拠に、褒められれば褒めてくれた人が誰だろうとうれしい。

-----------------


ま、そういうことですねー。



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2011年9月13日 (火)

【誤読の部屋】第5回「あの人の小学生を見るときの機械じかけの夢をおそれて(星野しずる)」

クリスマスを3ヶ月前倒しでdisりたい今日この頃。
みなさんはどうお過ごしでしょうか?

君だけの僕こと俺です。

今日はいいニュースがあります!

世界3大部屋のひとつである我らが「誤読の部屋」
(たぶん)1年ぶりくらいの復活です!

全世界で5、6人はくだらないという
ゴドキストたちの歓喜する様子が目に浮かぶようです・・・・・・。

いや。つまらない感傷はよしましょう。
さっそく誤読の部屋をはじめようじゃありませんか!

おわり














■今宵の誤読


 あの人の小学生を見るときの機械じかけの夢をおそれて(星野しずる)



さて、なにもなかったように鑑賞をはじめます。

お歌の作者は、本コーナーではお馴染みの星野しずるさん。

短歌はしばしば「私性の強い文芸」と評されます。
従って鑑賞をするにあたっては作者への理解が不可欠。

そしてご存知のとおり星野しずるさんの本性は「淫乱」
それも「ど」がつく「淫乱」、「ど淫乱」です。
(これほど「ど」が似合うのは他には「ドーナツ」くらいです)

故にこの作品も「えっちな歌」である。
そのことを前提として鑑賞をはじめない手はありません。

ではどこがえっちなのでしょうか?

ブラウスのボタンをひとつずつ外すように、
作品を一単語ずつ読み解いていくことにいたしましょう。

*

まず「あの人」ですが、これは作者の恋人と考えるのが自然でしょう。

歌人の実に98%は自己中心的な恋愛馬鹿です。
したがってそのまなざしの範囲は狭く、ほとんどが想い人にしか向けられません。

これは短歌を鑑賞をするうえで
最初にならう「いろは」(四十八手でいえば正常位ですよ?

次に「小学生」ですが、これはなかなか高度な比喩です。

中学生でも高校生でもなく小学生。
これは何を意味しているのでしょうか?

まず思い出すべきは、この作品が「えっちな歌」であるという事実です。
そして「あの人の小学生」というふうにひとまとまりに読むのが自然だということです。

もうわかりましたね?

「あの人の小学生」とは「恋人のおてぃんてぃん」のことです。
それも「ちいさくてつるつるなひらけないぽんきっき」なアレでしょう。

このあたりの高度な比喩表現はさすが星野しずるさんですね。

次の「を見るときの」は特に説明不要でしょう。
主人公は蔑んだ目でぽんきっきを見ているわけです。

「ひらけないぽんきっきなんてムック以下だわ・・・・・・。毛もないしな」

そんな心のつぶやきまで聞こえてきそうですね。

さて。ここからがこの作品の核であり最も解釈の難しい部分です。

「機械じかけの夢」

これはどういう意味なのでしょうか?

「機械じかけ」と聞いて、
みなさんがすぐ頭に浮かべるのは「ピンクローター」のことでしょうが、
私はむしろ逆で「電気アンマ」のことだと考えました。

何故なら「ピンクローター」だと、
大きさ的に「あなたの小学生」との対比が際だたないからです。

勃たない。これは由々しき事態です。
従ってやはり電気アンマと解釈するのが自然でしょう。

そして「機械じかけの夢」と続くわけですから、
「電気アンマでGO☆TO☆HEAVEN」という意味で間違いありません。

間違いありません。

しかしこの後が問題です。

「をおそれて」

「電気アンマ☆DE☆GO☆GO☆HEAVEN」という意味だとしたら
作者は何故おそれる必要があるのか・・・・・・。

このように解釈に悩んだとき、プロ歌人は語義にあたるのが常です。
それも信頼のあるオックスフォード大辞典(原書)にあたるのが私の流儀。

オックスフォード大辞典によると「おそれ」とは次のような意味です。

1 こわがる気持ち。恐怖。不安。「将来への漠たる―」
2 敬い、かしこまる気持ち。畏怖(いふ)・畏敬(いけい)の念。「神の偉大さに―をいだく」
3 よくないことが起こるかもしれないという心配。懸念。「自殺の―がある」

(Yahoo! Japan辞書より引用)

なるほど。1の意味で捉えていたからいけなかったのです。

3の意味で作品を読みかえした瞬間、
作品の真の姿がありありと目の前に広がりました------

 恋人とエッチをしようとパンツを脱がせると、
 粗末でつるつるな小学生みたいなおてぃんてぃんが目に入った。
 
 私の脳裏に電気アンマのもたらすめくるめく快楽がよぎる。

  思わず私は言った。

  「電気アンマとエッチするわよ」


男の不憫さに泣ける・・・・・・。



■今宵の改作


ただしそのような意味であるならば表記の仕方を工夫したほうが親切でした。


 あの人の小学生を見るときの「機械じかけの夢をおそれて」(星野しずる)


このようにすることで男を脅迫する凄みが出てくると思います。
ここまで言われたら男としては奮起するしかないはず。

今宵も素敵なお歌をありがたう。

*

さて、今回の誤読の部屋はいかがでしたでしょうか?
みなさんの短歌スキルの向上に役立てばこれに勝る喜びはありません。

それではまた。

*

<参考>物好きなあなたに捧げる「誤読のバックナンバー」

第1回「僕だけの集中力を待っているゆれる体を見ていたら夢(星野しずる)」
第2回「にぎやかなアスパラガスから飛び出したゆれる女王に飽きている母(星野しずる)」
第3回「幾何学を忘れ目覚めの週末を集めて風の幾何学でしょう?(星野しずる)」

第4回「誠実な機械じかけの僕のままホットミルクを拾い上げれば(星野しずる)」

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2011年9月12日 (月)

短歌おじいちゃんの知恵袋 其の一

こんばんは。
短歌おじいちゃんじゃよ。

ほっほっほ。

いきなりの新きゃら出現に驚いている
みなの顔が目に浮かぶようじゃわい。

喝!(えー)

新きゃらの出現程度で驚いておるとは情けない……。
お里が知れるとはこのことじゃな!

はあはあはあ。

まあよい。
今日はねたもないので軽いおしゃべりじゃ。

*

突然じゃが、

「おもしろければなんでも許されるのか?」

とか言う人がおるじゃろ?

ぶ、ぶら、ぶらっくゆーもあ(ふがふが)を不謹慎と断ずる御仁じゃな。

確かに微妙な冗談というのはありそうじゃ。

深く考えると難しい問題かもしれん。

しかしわしは思うんじゃが、

「おもしろいと思った時点でその人はその発言を許している」

ということは言えるんじゃないかのう?

そうだとすれば、

「おもしろければなんでも許される」

と言うことになりそうじゃし、

「おもしろければなんでも許されるのか?
と思う人は、おもしろくないから許していないだけ」

ということなのかもしれんなあ。

*

まあこの話に落ちはないんじゃが、
もしお主たちが、ぶ、ぶら、ぶらっくゆーもあ(ふがふが)に傷ついたときには、

「おもしろければなんでも許されるのか?」

と問うよりも、

「つまんね」

と切り捨てたほうが有効なんじゃないか、と短歌じじいは思うわけじゃ。

*

まあ老い先短いじじいのつまらんお節介と思って聞き流しておくれ。

それではさらばじゃー。

地獄で待っておるぞー。

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2011年9月11日 (日)

911から10年 - 映像の力と不公平さについて考えた

911から10年ということで、その当時考えたことを少し。

*

2001年9月11日、日本時間の22時ごろ、
ニューヨークのワールドトレードセンタービルに旅客機が体当たりするテロ事件が起きた。

当時21歳で、学生だった僕は、八王子で友達と飲んだ帰りで、
相模原に向かう横浜線の社内で出発を待っていた。

その時、携帯に見慣れないメールが届いた。

それはJ-Phone(!)から初めて届いた緊急メールで、
飛行機がワールドトレードセンターに突っ込んだと書いてあった。

戦争だ。

そんなふうに思ったことを覚えている。

*

家に帰ってTVをつけると飛行機がビルに突っ込みビルが倒壊するという
現実離れした映像が繰り返し流されていた。

しばらくしてそれがイスラム過激派のテロ行為だということがわかった。

当時住んでいたマンションは米軍基地のすぐ近くだったので、
個人的にもテロの恐怖はそれなりに実感があった。

ご存知のとおり、あの事件の後、
アメリカそして世界はアフガニスタンそしてイラクとの戦争に突き進んでいくことになる。

今考えるとあの事件がアメリカのプレゼンスの低下、世界の無極化のはじまりだったのかもしれない。

*

さて、今回僕が書きたかったのは、そんな壮大な話ではない。
僕が書きたいのは「映像の力」とそれがもたらす「不公平さ」についての話だ。

*

後に「アメリカ同時多発テロ事件」と呼ばれる事件は、
世界中に大きな驚きと同情をもたらした。

アメリカに対する同情と連帯の意識。
そしてテロに対する怒りは世界的に広がったし、
それがアフガニスタンやイラクに対する戦争に
国際的な正当性を与えることにもなった。

直接の犠牲者だけで、
約3000人もの人びとが亡くなったわけだからそれも当然のように思える。

でも本当にそうなのだろうか?

*

大手国際NGOのオックスファムによると、
規制されていない武器による死者は1年で50万人(1日に1440人)に達するらしい。

あるいは、清潔でない水を飲んだことによる、
下痢性疾患で亡くなる子どもの数は1日に5000人に及ぶそうだ。

世界中に悲劇はあふれている。

でもこれらの悲劇はアメリカ同時多発テロ事件ほどの同情を集めていない。
同じくらいの犠牲者が毎日のように出ている現在進行形の悲劇であるにも関わらず。

*

理由はいくつか考えられるけど、
大きな理由のひとつが「映像の存在」だと思う。

どこか遠くの発展途上国で起きているような
規制されていない武器による事件はニュースになることはない。

それに大して、ワールドトレードセンタービルに旅客機が突っ込む映像は、
世界中で何回も何百回も放送された。

映像があるからこそ、被害の実態や悲劇の度合いが実感的に理解できる

でも「下痢性疾患で1年で50万人の子どもが死んでいる」というのはただの文字情報だ。
それを実感的に理解するのは難しい。

少なくとも大勢の人たちにとっては。

*

映像の力はすごい。

それによって僕たちは被害者の心情をより理解できるようになる。

でもそれは、同じような悲劇があったとしても、
映像がなければ、その分理解されないということを意味している。

映像は不公平だ。

そして世界で現在進行形で起きている悲劇は、
まさにそんな不公平さの犠牲者でもある。

*

911から10年。
そして311の東日本大震災から半年。

犠牲者を悼むときには、
思いだされることのない多くの犠牲者のことも忘れないようにしたい。

世界が不公平ならば、
僕は不公平に扱われる人たちに光をあてる人間でありたいと思う。

とても難しいことだけど。

*

まじめか。(たまにはなー)



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2011年9月10日 (土)

嫌な性格の人たちは胸熱まちがいなしの5つのTwitter改善案

こんにちんこ。(深夜なので)
おはようございます。下ネタです。

日付変わるまで働いて、明日も休日出勤です。
そんなフラストレーションをぶつけるように今日はTwitterをDisってやります!



■Twitterとの出会い

僕がTwitterをはじめたのは2009年の8月ごろです。
世界一周している途中のネパールでアカウントを取りました。(実話)

もっとも、その頃のアカウントはほとんど使うこともなく、
帰国してしばらくたった2010年4月に
現在の tankawolf というアカウントを取得して本格的につぶやきはじめました。

なので、その頃から数えると1年半くらいのTwitterユーザーです。



■Twitterづかれ

そんなTwitter男子な僕なんですが、最近ほとほとTwitterにつかれました……。
なぜだろうと考えてみると、どうもmentionというのが好きじゃないようです。

いや、自分にあてられたmentionはむしろ大好物なんですけど、
そのmentionにReplyしないといけないのが嫌なんです。(くずが)

もっと嫌なのはTLがmentionのやり取りで埋まっている状態ですね。
なんかチャットみたいになっていて自分が蚊帳の外に置かれている感じ……。

かと言ってアンフォローすると角が立つし、
別にふだんのツイートはおもしろいし……
ということで板ばさみになってつかれきっちゃうみたいです。

貴様らはそんなことないですか?(言葉づかい自重)



■こんな機能がTwitterにあれば……

まあdisるだけだと建設的ではないですし、
最後にTwitterにあったらいいと思う機能を提案してみます!



1.指定した時間帯で特定のフォロワーの発言をシャットアウト(ゴッドタイム)

特定の時間帯にツイート数が増えたり
ツイートの内容がめんどくさい感じになる人がいる。

そういった人に対して、
特定の時間帯は発言をTLに表示しないような機能があるといいなあ。



2.特定のフォロワーの発言を間引く(つぶやきシェイピング)

百発百中でおもしろい内容をTweetしてくれる人がいない一方で、
ほぼ百発百中でつまらない内容をTweetしやがる人はおおぜいいます。

そういう場合は5分の1とか10分の1とかに発言を間引いてくれるとありがたい。



3.フォローしたまま発言だけシャットアウト(忍者リムーブ)

アンフォローすると角がたつので、アンフォローはできない。
しかし、Tweetは読みたくない。

そんなジレンマを解消するために、
フォローしたまま発言だけシャットアウトする機能が欲しい。


※複数の方から教えてもらいましたが、すでに「ミュート機能」というのがあるそうです。恐ろしい世の中やで・・・!



4.フォローしている人をTL上にシャッフル召喚(タイムラインシャッフル)

フォローする/しないを意識的に選択することが苦痛だったりする。

フォロワーをプールしておいて、
定期的(日ごととか)にそのプールからシャッフルして
TL上にTweetに表示させるメンバーをランダムに選ぶ、みたいな機能があればなあ。



5.自分に無関係なmentionなんて……シャットアウト!(いちゃいちゃ殺し)

とにかく自分に無関係なチャットみたいな会話は不愉快!
俺も仲間に入れろ!(えー)

ということで自分宛てではないmentionはすべてTL上に表示しない機能が欲しい。
これは本気だぞ。

今すぐにだ



■結論

要望を書けば書くほど、
僕自身が身勝手でめんどくさい人間であることがあらわになるようですね……。

おかしいな。

まあ、そんな感じでTwitterとは冷戦状態がつづいてはいるんですが、
そのうち講和条約を結べればいいなと願っています。

それでは貴様らおやすみなさい


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2011年9月 8日 (木)

ブログをリニューアルオープンします

こんにちは。俺です。
元僕です。(知らんがな)

転職したり引っ越ししたりもあって、
しばらくブログを放置していたのですが、
もう夏ですし、秋ですし、そろそろ再開することにしました!

そして、再開にともなって内容をちょっと変えることにしました。
大げさにいうとリニューアルオープンです。

もっと大げさにいうと

リニューアルオープン…だと…?(ごくり)

です。ほんとうにありがとうございました。


■これまでの短歌ウルフR

1.テーマはほぼ短歌オンリー
2.完成度と完結性の高いコンテンツ
3.写真へのこだわり(写真たんはあはあ・・・)
4.ゆるふわ系のテイスト
5.更新頻度の低さ


■これからの短歌ウルフR

1.テーマを表現全般に拡大
2.読んだ人のなかで広がりがあるようなゆるさを残したコンテンツ
3.写真への倦怠感(写真…ってなに?)
4.ぐだぐだ系のテイスト
5.ほぼ毎日更新詐欺(おい)

ざっと変更点をまとめるとこんな感じなります。

まあ一言でいうならば単なる「日記ブログ」になるってことですね!(えー)

いろいろご意見はあると思いますが、
しばらくはそんな感じでやっていこうと思いますので、
引きつづきご愛顧たまわりますよう
従業員一同お願いもうしあげますとこの俺が上から目線で言っています。

それではまたー。


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