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2012年12月15日 (土)

【短考】現代短歌シーンのシンプルな見取り図を考えてみました

短歌の世界でおもしろいと思うことのひとつに、「短歌」というキーワードだけをロープにして、年齢も趣味嗜好のかけ離れた人たちがつながっている状況というのがあります。

こういうのって他のジャンルだとちょっとあり得ないですよね。

小さいライブハウスに、高校生のパンクバンドがいるかと思えば、20代、30代のポップソングを歌う人たちもいて、40代のジャズバンドや80代の民謡を演奏する人たちまで対バンとして出てくるような状況。

年齢も性別も趣味嗜好も関係なしの混沌とした世界。

そういう短歌特有の混沌とした状況は、とても刺激的で、世界に広がりをもたらしていると同時に、やっぱり無用な諍いを生みやすかったりするわけです。

「そんなのは短歌じゃない」
「短歌はこうあるべき」

それは「短歌」というひとつの同じ世界に属しているという認識からくる、価値観も共有できるはずという幻想が衝き動かした攻撃行動だと思うのですが、まあどう考えたってやっぱり価値観も趣味嗜好も違うわけで、幻想はあくまでも幻想ですよね。

細かくカテゴライズしてたこつぼ化する必要はないけど、さすがにもうちょっと整理されていると風通しが良くなるんじゃないかいうことは前々から考えていて、以前このようなことをつぶやいたりしました。



最近Twitterで、またそのようなことが話題になりかけていたので、この機会に現在の短歌シーンの全体像を鳥瞰して、議論をプロットできるようなシンプルな見取り図をつくってみました!

一案に過ぎませんが、議論のたたき台になれば嬉しいです。


■軸が「質」しかない世界認識

その前に「では何故そのような混沌とした状況になっているのか?」という点についてですが、たぶん今の短歌シーンの語られ方というのは、次の図のような世界認識に基づいているのだという気がします。


Tanka_league


世界を説明する軸が「質」しかない状態。

そして絶対的な秀歌は存在するという前提に基づき、その秀歌を頂点として、すべての短歌がその下部に存在するというピラミッド型の構造

以前「いい短歌とは」というテーマの記事に書いた通り、「絶対的な秀歌」というものは存在しないわけなので、本当は頂点が複数あるような山脈のような世界認識のほうが妥当だと思うのですが、「短歌はワンワールド」という認識だと山頂はひとつしか認められないので、その価値観で評価できない短歌は「駄目な短歌」としてピラミッドの下部に押し込まれるか、「そんなのは短歌ではない」というふうに短歌ピラミッドの外の世界に追放してしまうわけです。

【短考】いい短歌とはなんだろう?

このあたりを突き詰めていくと「短歌とはなにか?」という議論になるわけですが、今回の記事のテーマではないのでそこには踏み込みません。(そのうち書くつもりです)

ただ「質」という1つの軸だけで説明するのはさすがに乱暴だと考える人が多いだろう、という感覚を頼りにもう少し妥当な見取り図を次の項で提示してみます。


■この記事での見取り図の書き方

短歌の世界についての見取り図を書こうと思ったときに、分類する軸をどうするかとか、軸の数をどうするかと言ったことに加えて、「場」や「作者」や「作品」といった軸をあてはめる対象をどうするかといったことを決める必要があります。

今回はとりあえず「作者」「作品」を対象に、それぞれ2つの軸で4象限に分類する見取り図を書くことにしました。

見取り図の書き方は他にもいろいろあると思うので、ひとまず僕が妥当かつ有用だと現時点で思っている書き方、くらいに受け止めてくださいね。

# ただ、全体像を鳥瞰するためにはシンプルにしたほがいいとは思います。
# 細分化はしようと思えばいくらでもできるわけですが、
# あまり細かくすると相互に矛盾も起きるし、有益な示唆も得にくくなるので。



■短歌作者のスタンスに着目した見取り図

ではまず「作者」を対象にした見取り図です。
ここでは作者の創作スタンスに着目してみました。

Kajin_matrix

想定読者として「一般向け×歌壇向け」という軸と、取り組み姿勢として「エンジョイ志向×競争志向」という軸で整理してみました。

各象限に入っている説明書きは、代表的な作者像の「一例」です。

この見取り図が示唆する重要なポイントを以下にかんたんにまとめます。

  1. 各象限は固定的ではなく年月の経過とともに変わり得る。
    (たとえば1象限の人が2象限に移動することもある)
  2. 想定読者が異なると、自ずから有効な作風や活動内容は変わってくる。
    従って、たとえば2象限の「プロ歌人」の論理で「歌集なんて全然売れてないじゃないか」と
    4象限の「伝統歌」人を批判しても有効とは言えない。(無意味ではないけど*1)
  3. 取組姿勢が異なっても、やはり活動内容は変わる。
    たとえば4象限の人が頼まれてもいないのに
    1象限の人の作品の質について批評するのは、
    気楽に口笛を吹いている人にプロの演奏家が「音程が狂っている!」と
    顔真っ赤にして食ってかかるのと同じような空気の読めなさがある。
  4. あくまでも「作り手」としての分類なので、
    同じ人でもあっても「読み手」としては違う象限にプロットされるということは十分にあり得る。

*1
たとえ違う象限の人相手でも自説をまっすぐにぶつけることで、
相手の気づいていない価値観に気づかせることができる場合もあったりするので「無意味ではない」と言っています。


個人的には「エンジョイ志向」としたいわゆるライト層に対して、コアな短歌の人たちは冷たい印象があります。

どんなジャンルでもライト層が盛り上がらないと、ジャンル全体の裾野も広がっていかないので、もっと大事にしてもいいんじゃないかなあと思います。

# もちろんライト層に向けたすばらしい取り組みがたくさんあることも知っています!


■短歌作品の特徴に着目した見取り図

続いて「作品」を対象にした見取り図を紹介します。いろいろ考えたのですが絵画のアナロジーで捉えるとしっくりくると思ってつくりました。

Tanka_matrix

具体的な作者はあえてプロットしませんでした。というのも同じ作者でも作品によってプロットされる象限が変わるからです。

ちなみに横軸で「一般向け×歌人向け」といっているのは、短歌を鑑賞するのために、短歌ならではの約束事や知識、つまりは短歌リテラシーがどれくらい必要とされるか、くらいの意味です。

この見取り図が示唆する重要なポイントを以下にかんたんにまとめます。

  1. 縦軸(共感vs驚異)の線引きは時代と共に変わる。
    基本的には1象限および2象限が3象限と4象限を吸収するようなかたちで変わっていく。
    (かつての前衛短歌が取り込まれていったように)
  2. 各象限の短歌観で他の象限を批評しても批評の有効ドメインが異なるので有効ではない。
    (ただし「有効でない=無意味」というわけではないです)
ちなみに個人的な印象として、歌壇/短歌史的には、未だに1象限の「イラスト系短歌」の価値をうまく位置づけられていないのではないか、という気がしています。


■最後に


くり返しになりますが見取り図はあくまでも一例です。

違う切り取り方をすればまた別の示唆を得られるはずですし、もっと鮮やかに現在の短歌シーンを説明することもできるかもしれません。

大事なのは「全体を鳥瞰する」という目的意識と、示唆が得られるように「シンプルに整理する」というアプローチだと思います。

この記事がきっかけとなって、議論を促進し、短歌に関わる人たちがハッピーになるような見取り図がたくさん生まれるようなことになると嬉しいです。



ではまた。



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コメント

謹言

私の歌に言葉や説明を付けることなど必要はない

投稿: 井上 勇 | 2015年11月25日 (水) 02時11分

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